本堂(不動堂)・観音堂・大師堂・三重塔

本堂(不動堂)

平成12年に境内を始め近在の樹齢200年近い檜を寄贈いただき間口10間、奥行き13間の欅作りの荘厳なお堂です。
等身木造立像円仁作といわれる本尊不動明王と四大不動が祭られています。
お堂には全て壁はなく、本来のお堂作りになっています。

観音堂

先祖の供養塔として、大本山奈良県長谷寺の十一面観世音を写し本尊としています。
十一面観音は頭上に十一の顔を持ち、全ての方向を見守っている観音菩薩です。
苦しんでいる人をすぐに見つける為に、頭の上に11の顔があり、全方向を見守っています。また、それぞれの顔は人々をなだめたり怒ったり、励ましてくれたりするといわれています。十種勝利(現世利益)と四種果報(死後成仏)という様々なご利益があり、千手観音菩薩と並んで人気の高い観音です。六観音の1つに数えられ、修羅道に迷う人々を救います。
境内及び近在の樹齢200年近い欅の大木で建立しました。
間口10間(浜縁含)、奥行き10間
堂内の天井画は故児玉輝彦氏による百人一首が岩絵具によって鮮やかに描かれています。

大師堂(旧本堂)

御瀧不動尊の本堂として長い年月を経てきたお堂は風格を備えています。
内部は信者の方々の寄贈の大絵馬などが奉納されています。
現在は宗祖弘法大師をおまつりしています。

三重塔

平成30年4月、約9年の歳月をかけて、船橋初の三重宝塔が御瀧の森にそびえました。
御瀧山金蔵寺・第39世住職の晋山式と共に、三重塔落慶式を船橋市豊山派住職方と執り行いました。
また、その後、お祝いとして、川嶋信子氏による琵琶演奏を、松戸船橋市長を始め多くの方々と古(いにし)えの世界を楽しんでいただきました。

御瀧山の三重塔は、金作建設の宮大工の、大野 貢棟梁が手がけ、胎臓界・金剛界の中心であられる大日如来と薬師如来の三像をおまつりしています。

三重塔の絵馬の、
「われたびにも まず極楽に生まれなば 知るも知らぬも みな迎へても」 僧都 源信

〔訳〕私も極楽というものを知らないが、もし私が行っていたならば、極楽というものを知っている人も知らない人も 皆、極楽にお迎えするものを

絵馬のこの句は変更を予定しています。皆様に一句投稿をお願いするようになるかもしれません。

表門・仁王門

表門

昭和48年に境内の欅のみ使用して改築建立しました。
表門からの約1kmの参道には、爽やかな風と共に紫陽花、椿などの花華が池を彩っています。
また四国八十八ヶ所巡りのお大師様が点在しています。

仁王門

旧本堂と同時期の約200年前の建立ですが、明治と昭和に仁王像と共に修理をしています。
初詣で仁王門をくぐると七福神などが頭上におわし、縁起が良いと言われており、参拝者が列をなす姿が見られます。

行者瀧・弁天池・馬頭観音像

行者滝(不動滝)

行者滝は縁起にも拘わる湧水として知られており、湧水関連の書物でも多々紹介されています。
また、船橋市内唯一の川「海老川」の源流としても知られており、初めの一滴を求め、地元だけでなく近隣都県からも多くの方がお越しになります。近在の商店では、お酒、パンなどに使われ販売されているほか、水ごりを取る方からの申し込みもございます。
お寺でも正月の若水として午前零時に汲み、日々のお勤めに使用しています。

弁天池

中心の島には美しい六角の弁天堂が建ち、古来より湧水でできた池で夏には一面睡蓮の花で覆われます。
鯉、亀などが戯れ、鴨、鷺、かわせみなどが池で遊び、カメラマンの格好の被写体となっています。

馬頭観音像

歯科医の紅谷進一氏が、太平洋戦争にて軍医として中国へ渡った折に目前で目撃することになった銃弾に倒れる馬達、また、引き上げの際には連れて帰れず銃殺した馬等々に供養を思い立ち、昭和47年に建立したものである。

加藤光昭氏が開設した「船橋乗馬クラブ」の入り口に設置されたが、閉鎖にあたり、現在、御瀧不動尊金蔵寺に安置される。

これだけ大きな作品を鋳造制作することは大変なことであったと聞き及ぶ。

四国八十八ヶ所巡り

参道には十三塔や所々に四国八十八か所参りの赤いよだれかけをしたお大師様が顔を覗かせています。

観音墓(合同墓)・ペット墓

観音墓(合同墓)

石塔を不要とする方々や、個々の思いのために平成21年に建立されました。
歴史と安心を慈悲の美しい観世音菩薩の下で安らいでいただけます。
墓参りにいらした方がお参りしてくださるから寂しくないと喜びの声があります。
(予約制、維持費は不要です)

ペット墓

観音墓前にペット墓もございます。随時受け付けております。

墓地

約3,000坪の中でお檀家の方々の先祖がおいでです。

花の寺として

境内面積 約20,000坪(内墓地3,000坪)
戦後、隣接地(6,000坪)を船橋市に寄贈した御瀧公園として、市民の憩いの場となっています。
市内一の緑を有し起伏ある地形の境内は、公園と共に桜の名所としても市民に親しまれています。

樹齢100年の古木から御瀧公園(市に寄付した元境内地)を含め約200本の櫻は見事。また、藤の花、アジサイから椿の季節へと続きます。

弁天地の水面一杯のスイレンは町の写真家たちの格好の被写体です。

真っ黄色な銀杏をはじめ彩り豊かな境内にそまります。

雪景色は言うに及ばずの美しさです。